デス・オーバチュア
第119話「惨禍の騎士(ナイト・オブ・カラミティ)」




「ふむ、まあ別に気に病むこともない、鎧ならオレも着ていることだしな」
サウザンドは微笑を浮かべて、自分の必殺剣に耐えた黄金の騎士を眺めていた。
ガイはいつのまにか黄金色に輝く全身鎧を纏っている。
黄金の鎧は頭部以外の全身を完全に覆い隠し、守護していた。
「……こいつを纏わなかったら俺は完全に切り刻まれていた……俺の負……」
「ああ、だからそんな風に気にする必要はない。戦闘において、持てる全ての武具や防具を使うのは当たり前のことだ。より強い装備や自分に有利な環境を用意できるのも実力のうちだ。何も負い目を感じる必要はない。寧ろ、使わないことの方が相手への侮辱かもな? 相手に合わせてわざと最強の剣を使わなかったり、相手が魔法を使えないから自分も使わない……そんなのは、自己満足を優先するお遊びの『試合』に過ぎない……オレ達がしているのは試合ではなく『死合い』、殺し合い、互いの存在を消し去ろうとする純粋な行為のはずだ」
サウザンドは腰に差したままだった二本目の剣に手を添える。
「ところで、兜はどうした?」
「少し前にある相手に見事に破壊されてな……その後いろいろあって残骸を回収することができなかった……」
黄金の鎧には傷一つ汚れ一つ存在しない、炎の悪魔王エリカ・サタネルによって受けた切り傷や擦り傷、溶けた部分などは完璧に修復されて、美しく光り輝いていた。
「残骸を拾っておけば他の部分と同じく自己修復できたかもしれないが……まるまる無くなった一パーツは流石に……あくまで修復であって再生ではないのでな……」
強い自己修復能力を持つとはいえ、流石に無数の破片に斬り刻まれたり、灰になるまで粉砕されては自己修復は無理である。
自己修復で間に合うのは、あくまで、一部分を切り取られたり、えぐり取られたなどの、本体の方が多く残っている場合までだ。
「そうか。では、殺し合いを再開しようか?」
サウザンドは二本目の剣を鞘から抜き放つ。
一本の剣との差異は十字型の柄が金ではなく銀であったことだ。
銀の柄にも同じように無数の宝石が埋め込まれ、光り輝く十字の輝きを放っている。
「初めて抜いたなそっちの剣を……」
「ダヴィデ……呪われた聖剣であるベイリンと違ってこちらは正真正銘聖なる剣だ……もっとも……」
聖なる輝きを放っていた銀色の柄が黒く深く変色していった。
「オレが持つと、黒く汚れて……災いと悲しみを招く呪いの剣へと反転してしまうがな」
「…………」
ガイは無言で、黄金の鎧に添えつけられていた黄金の剣を鞘から抜刀する。
黄金の剣は鎧と同じように完全に修復されていた。
「鎧と同じ特種な合金でできた剣か……オレと双剣で競うか?」
「ああ……どちらかがくたばるまで斬り合おう……神剣の特種な力に頼る気はない……」
ガイは静寂の夜と黄金の剣を交差させて構える。
元々、防御やカウンターがメインの能力である静寂の夜の力はサウザンドに対しては有効的ではなかった。
いや、例え有効的な能力があったとしても、それに頼る気は毛頭無い。
あくまで純粋な剣と剣のぶつかり合い、剣術での勝負で決着をつけなければガイの気が済まなかった。
「いいね……オレのベイリンもダヴィデも聖剣とか言いながら、持ち主や周囲に災いを破滅を招く呪いの力がメイン……どこまでも単純に斬り合おうか。どちらかが肉塊になって止まるまで……」
サウザンドはこれから再開される殺し合いを想像し期待するように、うっとりとした表情を浮かべる。
「……行くぞ、災禍の騎士!」
「ああ、双剣による千手千斬……二百万の斬撃……見事受けきって見せろ、黄金の騎士!」
サウザンドは双剣を持つ両腕で自らの体を抱き締めるようにしながら、天高く飛翔した。
彼の殺気と闘気がこれまでになく高まり、弾けるように爆発する。
「千手千斬・死翼双滅(しよくそうめつ)!」
サウザンドの両手が解き放たれ、幻影の二千の腕が翼のように拡がり世界を埋め尽くした。



最初から受ける……捌き切るつもりなどなかった。
左右の手で一太刀ずつ、合わせて二太刀だけ生涯で最速最強の力で放つ。
ただそれだけだ。
おそらく、こちらが一太刀を振り終わらぬうちに、数十〜数百回斬られるかもしれない。
それでも自分は止まらない。
無惨な肉塊……いや、無数の肉片になるまでに、この二剣の一太刀さえ振り切れればいいのだ。
速さも技も、自分にはまだ遠く辿り着けぬ境地に相手は居る。
ならば自分は捨て身と成り、手数を捨て、たった一太刀に全てを注ぎ込んで、賭けるだけだ。
二百万の斬撃を貫く、二剣の一太刀。
二百万の死の翼(刃)と最強の二剣の一撃は真っ向から激突した。



勝負は一秒にも満たない一瞬で決着した。
翼を広げた鳥のように大の字で大地に降り立ったサウザンドの黒い胸甲に×の字の亀裂が深々と刻まれ、血を噴き出させる。
「袈裟斬り、左袈裟斬りの交差……見事なバツの字をオレの胸に刻んでくれたものだ……」
ガイの姿は、サウザンドのかなり後方にあった。
二百万の死翼……斬撃の中を突き抜け、サウザンドを斬り捨てながら横を駆け抜けたのである。
「鎧を着てて良かったよな、お互い……もし生身だったら四分割されていただろうな……」
もし、バツの字や十字で全身を切断されれば、肉体は四つの肉塊と化していた。
鎧の防御力によって威力が削られたからこそ、胸にバツの字の刻印を深々と刻まれるだけで済んだのである。
もっとも、辛うじて薄皮の繋がりが残り肉体が分かれなかったとはいえ、それでも充分常人なら致命傷、あるいは即死のダメージなのだが……。
「またいつか殺し合おう……もっとも、オレはお前を待ったりはしない。追ってこい、魔界か冥界か……オレがこれから赴く新たな戦場へ……真の地上一の剣士となって……」
サウザンドは双剣を同時に鞘へと収めた。
直後、ガイの纏っていた黄金の鎧が無数の黄金の破片と化して飛び散る。
そして、ガイは剣を握ったまま前のめりに倒れ込んだ。
「さて、では、次は……誰と殺し合おうか?」
サウザンドは、背後で倒れているガイになど欠片の興味も見せず、真紅の墓場から出るために、歩き出す。
「オレを勝手に冥界から呼び戻したあの白い女……最初はあいつを殺してさっさと冥界に戻るつもりだったが……どうやら、今の地上には殺しがいがありそうな奴が大勢いるらしい……」
冥界とは邪神や魔王(自称)や魔人といった神族や魔族や異能の人間が死後に辿り着く死界だ。
地上に本気で戦える敵が居なくなったサウザンドは自ら命を絶って、そこへと赴く。
そして、冥界の最下層、古き神族や魔族の王クラスの者が居るという『冥府』を目指して殺戮を繰り返していた。
生前よりも楽しい殺戮、歯応えのある異形達。
冥界は時間という概念がいい加減で、死んでからまだ数日しか経っていないようにも、数百年休まず戦っているようにも思えた。
そんなある日、白い女が冥界に訪れる。
女は、自分を下僕、手駒にでもするつもりだったのか、勝手に自分を『生き返らせて』くれた。
生者は冥界にはいられない。
白い女が自分より遙かに強い……高次元な存在ということは解っていた。
だからといって、膝を屈する気など欠片もない。
それどころか、あの女と殺し合いたくて仕方なかった。
あの女が相手なら、きっと最高に楽しく、興奮できる殺し合いができるに違いない。
あの女に淡雪のような仮初めの命を与えられて蘇ったこの身は、あの女を殺せばおそらく再び死滅すると解っていた。
「別にそれはどうでもいい。勝とうが負けようが、冥界へ戻るだけだ……だが、気が変わった。もう少し地上で遊ぶとしよう」
あの白い女の存在に引き寄せられるように、この地に多くの強き者が集まっているのが感じられる。
そいつらと殺し合うのも悪くはない。
「それに……ゼノンか……冥界に戻るより、魔界の方が歯応えがありそうだ……過去の強者より、今を生きる強者か……」
この世でもっとも恐ろしい災厄、災難、災害……惨禍の騎士(ナイト・オブ・カラミティ)……あらゆる者から疫病神のように恐れられた彼の行動原理は生涯誰にも理解されることもなかった。
それも当然だ、あまりにも彼の行動原理期は常人とかけ離れていたからである。
闘争、殺し合い、殺戮……普通の者には勝利という結果を得るための手段である行為こそが彼の唯一の目的にして行動原理だったのだ。



「目障りなの」
宙に浮く、日傘を差した黒一色の人形のような可愛らしい洋服を着た幼い少女。
その周囲に、大輪の花を咲かすかのように大量の深紅のメスが浮いていた。
「くっ! 水障壁(アクアウォール)!」
アズラインの目前の大地から、逆流する滝のような勢いで大量の水が噴き出す。
次の瞬間、無数のメスが一斉に撃ち出された。
深紅のメス達が水の壁を貫こうとして、その中へと消えていく。
マハの世界から生還したアンベルが最初に見た光景がこれだった。
「何、いきなり本気で殺し合っているんですか、あなた達は……?」
深紅のメスは途切れることなく、日傘の少女の周囲に出現し、撃ち出され続けている。
もし、アズラインを守っているのがただの水の壁だったらとっくに撃ちぬかれていたはずだった。
重力、天地の法則に逆らうように逆流する滝のごとき水だからこそ、深紅のメスを呑み込み、その流れの中に掻き消すことができているのである。
「スカーレットちゃんの能力は飛行と火力……アズラインちゃんと対を成す炎だったはず……なのにあのメスは……」
あんな能力は彼女にあるはずがなかった。
アンベル達が手間取っていた雪だるま達を一瞬で殲滅した能力。
その速射性、破壊力は凄まじいの一言だった。
「あら、あなた怪我をしているわね」
「えっ?」
赤い上着とスカート、黒いニーソックス、そして医者のような白衣を着込んだ青い長髪に青眼の少女がアンベルの背後に立っていた。
「…………誰ですか、あなた?」
サウザンドとの戦い……というか一方的に痛めつけられた後とはいえ、こうまで簡単に背後を取られたのは不覚であり、不愉快である。
「ふ〜ん、スカーレットと違ってやけに生体部品が多いのね。機械人形というよりまるで改造人間って感じの割合じゃない……あなた本当に無から作られた機械人形? 人間を原材料に機械化したみたいにしか見えないんだけど……」
「……人間は原子力で動いたりしません……」
「あはははっ! それはそうよね。じゃあ、聞き方を変えるわ、あなた慰安用? ぶっちゃけダッチワイフ?」
「…………!」
アンベルは琥珀色の瞳でギロリと白衣の少女を睨みつけた。
少女の体が不自然なポーズで硬直する。
「へぇ……お……面白い瞳……ね……異常に精密に……人間の女を再現している肉体も……気になるけど……その瞳の……原理も……気に……なる……わね……」
「喋れる!? さっきといい……あまりに長い間使わなかったので、威力が落ちたのかもしれませんね……」
アンベルが瞳を閉じると同時に、少女は拘束から解放された。
「失礼しました。ちょっと気が立っていたようで……でも、あなたも初対面の者に対してあまりに配慮に欠けていますよ〜」
「ごめんごめん、あなたがあまりに興味深い作りしているからさ、知的好奇心を止められなかったのよね」
少女は物凄く気安くて、とても反省しているようには見えない。
「アズラインみたいに飛行能力や攻撃力に重点をおいていたら、一目で兵器って解るんだけど……あなた、核なんて物騒な物を動力にしているくせに、やけに人間ぽく作られているじゃないハードもソフトも……なぜ、そこまで人間に似せる必要があるのか不思議なのよね……まるで……」
「……いい加減に黙ってくれませんか。見透かされるのって凄く不快なんですよ……」
アンベルは光の弓矢を出現させると、少女に向けた。
「そう、あなたは感情がありすぎるのよ。ソフト……思考が単純でも素直でもない……あまりにも複雑怪奇で……従順とは対極……これじゃあ、絶対いずれ人間を嫌悪し反逆するように……」
「黙れ!」
アンベルは光輝の矢を超至近距離で撃ちだす。
だが、光輝の矢は少女に届くことなく、見えない何かに阻まれたように霧散した。
「あなたは本当に興味深いわ。人型の兵器ではなく……まるで機械で作られた人間……人間より『人間らしい』機械人形……フフフッ……今度、ゆっくりと解剖さてもらえないかしら?」
「……冗談じゃないですよ……」
「あら、本気よ。まあ、とりあえず今回は他にも興味あることあるから後回しね」
少女はそう言うと、空間の切り口に向かって歩き出す。
「さっさと失せてください〜。わたし、あなたは大嫌いですよ〜」
「フフフッ、そう嫌わなくても……ああ、そうそうここはダミーよ。元凶はもっとも高い所ではなく、もっとも低く深い所に居るわ」
「ふぇ? どういう意味ですか?」
「あなたの知能ならすぐに意味が解るわ……捜し人もきっとそこね」
「…………」
「じゃあね、琥珀色の瞳のお人形さん。スカーレットをあまり虐めないであげてね」
白衣の少女はスキップするような軽い足取りで、マハの世界へと入っていった。










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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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